市民の戦争体験談

更新日:2026年03月11日

1945年8月に戦争が終わってから80年を超える時が過ぎ、戦争体験者なき時代が迫っています。戦争の悲惨さと、戦争を体験された方の平和への思いを次世代につなぐために、戦争を体験された方の言葉を、動画、音声、文字で記録しています。

動画

市内在住または市にゆかりのある方の戦争体験談を収録しています。

澤保子さん、二瓶治代さん、原田政子さん(戦争の記憶を語り合う)

国立市内にお住いの澤保子(さわやすこ)さん、二瓶治代(にへいはるよ)さん、原田政子(はらだまさこ)さんは、子どもの頃に、異なる場所で、1945年3月10日の東京大空襲を体験されました。楽しかったことも辛かったことも、同じ時代を体験されたからこそ分かり合えるお話し会として、それぞれのご体験から語り合っていただきました。

戦争の記憶を語り合う(再生時間23分04秒・外部リンク)

 

杉田定男さん(国立市内での体験)

1939(昭和14)年生まれ。
谷保で代々農家に従事され、定男さんは7代目です。

戦争体験動画(再生時間24分15秒・外部リンク)

 

澤保子さん(国立市内での体験)

1936(昭和11)年生まれ。
国立市谷保にある谷保山南養寺の住職の次女。南養寺は、1944年8月下旬から終戦まで東京都赤坂区(現港区)から疎開児童を受け入れていました。1945年8月、ご両親とともにいた桑畑に、空中分解したB29の部品が音を立てて落ちてきました。

戦争体験動画(再生時間21分05秒・外部リンク)

 

二瓶治代さん(東京大空襲)

1936(昭和11)年生まれ。東京都城東区(現江東区)亀戸出身。
8歳のとき亀戸で東京大空襲に遭い、家族とはぐれて炎の海の中を逃げまどい、折り重なる死体の下で一命を取り留めました。奇跡的に家族全員無事でしたが、前日まで一緒に遊んでいた多くの友人が亡くなりました。

東京大空襲体験動画(再生時間1時間1分40秒・外部リンク)

インタビュー動画(再生時間34分57秒・外部リンク)

ショート動画(東京大空襲体験動画より抜粋・外部リンク)

・二瓶治代さんは、市の平和事業「くにたち原爆・東京大空襲体験伝承者講話」において講師を務められました。二瓶さんの体験と思いを引き継いだ伝承者が伝承者講話を行っています。

 

岩見和子さん(東京大空襲)

1927(昭和2)年、東京都日暮里生まれ。
東京大空襲とその後の苦しい生活を、10代で親代わりとして弟妹を守り抜きました。戦後、広島で被爆した夫の原爆症認定に奔走されたことも語っていらっしゃいます。

戦争体験動画(再生時間41分42秒・外部リンク)

 

坂井伸夫さん(長崎県島原市での体験)

坂井伸夫さんは、長崎の原爆で、叔父の家族と叔母の家族を失いました。

戦争体験動画(再生時間20分23秒・外部リンク)

 

音声_戦争体験アーカイブパネル・音声動画

戦後76年となった2021(令和3)年度、戦争を体験した世代が少なくなる中、広島市を会長都市とする「平和首長会議」に加盟する日野市・多摩市・国立市で連携し、戦争の悲惨さや平和の尊さを次世代に伝えていく戦争体験継承の一つとして、市民の戦争体験を文章(冊子)と肉声(音声パネル)で残す「戦争体験アーカイブ事業」を実施しました。

「次世代に伝えたいあなたの戦争体験」をテーマに募集したところ、次世代への架け橋となる体験文が、3市合わせて70編も寄せられました。3市に何らかのゆかりがあることを応募条件とした狭い範囲での募集でしたが、お寄せいただいた体験文は、東京大空襲、原爆、外地ほかでの凄惨な体験など、多岐にわたる内容となりました。

林家木久扇氏(落語家)を選考委員長に、中満泉氏(国連事務次長・軍縮担当上級代表)、丘修三氏(児童文学作家)、加藤登紀子氏(歌手)、コシノヒロコ氏(ファッションデザイナー)、稲葉茂勝氏(子ども大学くにたち理事長)で構成される選考委員会で選考した結果、3市合わせて30編が選ばれ、音声パネル化しました。音声パネルでは、「音筆(おんぴつ)」(音声再生機器)を使用して、ご本人の肉声での朗読をお聴きいただけます。

音声パネルは貸し出ししています。お申し込みは「戦争体験アーカイブ事業_証言音声パネル貸し出し」をご覧ください。

戦争体験アーカイブ事業パネル展

文字_戦争体験記録「広島原爆」「長崎原爆」

◆桂 茂之さん

1930年(昭和5年)生まれ。長崎県出身。長崎県立長崎中学校3年生のとき、勤労動員の作業中に長崎駅近くの中町教会(当時の名称は西中町天主堂)横で被爆。様々な偶然が重なり一命を取り留め、爆心地である浦上地区を経て、市内から20キロメートル以上離れた自宅にたどり着く。国立(くにたち)原爆被爆者の会「くにたち桜会」会長として活動。2017年(平成29年)8月逝去。

 

◆平田 忠道さん

1930年(昭和5年)生まれ。東京都出身。もともと東京麻布にお住まいでしたが、東京大空襲を経て、お父様が転勤していた広島へ、お母様、二人の弟さん、妹さんとともに転居。広島高師付属中学3年生のとき、広島北部の可部(かべ)で勤労動員の作業中に被爆。地獄図の広島市内に戻り、焼け野原の中、自宅後にたどり着きましたが、お母様と4歳の弟さんが消息不明となっていました。国立(くにたち)原爆被爆者の会「くにたち桜会」にて副会長。桂氏亡き後は会長として活動。2019年(平成31年)1月逝去。

 

・桂茂之さん、平田忠道さん、二瓶治代さん(本ページ動画でご紹介)の戦争体験と平和への思いを受け継いだ「くにたち原爆・東京大空襲体験伝承者」もぜひご覧ください。

文字_戦争体験記録集「戦争の記憶」

戦争の記憶を風化させてはいけない、そんな思いから第二次世界大戦を中心に、戦争体験者の話をまとめた冊子『戦争の記憶』シリーズです。

「国立市平和都市宣言」に込められた平和への思いを地域で実現させようと集まった市民と行政の協働組織「ピースくにたち」が過去に企画・運営した「戦争体験を聞くつどい」の講演内容を掲載しています。

戦争に参加させられた方、戦争に巻き込まれた方の貴重な証言「記憶」を、戦争を知らない子どもたち、大人たちに伝え、平和な未来を考えるきっかけになれば幸いです。

本冊子は、図書館、公民館等で閲覧できるとともに、有償刊行物として情報公開コーナーにて500円で頒布しています。
注)「戦争の記憶」は頒布を終了しました。

戦争の記憶(頒布は終了しました。)

  • 我が青春の軌跡 元陸軍少年飛行兵第十二期生
  • 学童疎開のきおく
  • B29の時限爆弾と艦載機の機銃掃射
  • 現役入隊からシベリヤ捕虜体験
  • 「国策として満州へ」中国残留婦人の戦後

戦争の記憶2

  • 火の海
  • 恩師の被爆体験記
  • 私の被爆体験
  • 忘れ得ぬ夏の日
  • 山上から見た惨景
  • 私の被爆体験
  • 軍隊と原爆の思い出
  • 8月5日そして6日
  • 私の被爆体験記
  • 私の8月6日から敗戦の日まで
  • 被爆者看護の体験
  • ピカドン

戦争の記憶3

  • ヒロシマ・ナガサキ原爆の脅威と被爆者の戦後
  • 『愛国少年漂流記』から太平洋戦争を考える
  • ニューギニアにおける私の戦争体験
  • 東京大空襲の戦争体験

戦争の記憶4

  • 少年飛行兵の中国での戦争体験『爆弾の降る青春』
  • 少年飛行兵の沖縄戦での戦争体験『沖縄戦の悲劇を体験した少年飛行兵の手記』
  • 敗戦後、中国での国共内戦の戦争体験『「生きる」為に 中国東北で迎えた敗戦』

戦争の記憶5

  • 八王子空襲体験『戦争は二度と再び起こすまじ』
  • 従軍看護婦は見た、病院船、ヒロシマ『ある養護教諭の原体験』
  • チャーズについて『中国革命戦を潜りぬけた日本人少女』
  • 燃えた表参道『山の手大空襲』
戦争の記憶

戦争の記憶(頒布終了)

戦争の記憶1

戦争の記憶2

戦争の記憶3

戦争の記憶3

戦争の記憶4

戦争の記憶4

戦争の記憶5

戦争の記憶5

この記事に関するお問い合わせ先

政策経営部 市長室 平和・人権・ダイバーシティ推進係



住所:186-8501 国立市富士見台2-47-1 国立市役所 2階(31番窓口)
市役所のご案内
電話:042-576-2111(内線:229、256)
ファクス:042-576-0264
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